

第八話
決戦の当日は、満月が東の山から昇り始めた頃から、少し雲が出始めていたそうです。風も吹き始め、辺りの木々は、ざわざわと揺れていたようでした。
「サブロウ」は、心の中で「天が我々に味方してくれた」と、感謝したそうです。
満天の満月、無風だったら、五感の鋭い狐たちに断然有利だと考えていたのでした。
武者震いをした「サブ」は、集まってきた全員に、少しの酒を出して、勇気付けしました。
そうして、中組の頭を呼んで、油を、を持たせて、炭焼き窯の後ろに掘った穴に、流し込むように命じました。
次に、駄場の別れで、見張りをする上組の若い二人を呼びました。
「いいか、お前らは、決して狐に姿を見られないよう物陰に隠れて、もし、駄場の方にきゃっらが、進んでいったら、空き缶が鳴る、その時は、すぐにわしのところに知らせてくれ、万が一にも、進んだりはしないだろうが・・・いいな」と念をおした。ふたりは、「分かりました」と直に返事した。臆病そうな二人に安心したように「サブ」は、一同を見渡した。そして「決して、抜け駆けして、功を立てようなどと考えるな。これだけは約束してくれ」と、厳然と言い放った。一同は「おうっ」と相槌を誓うように、声をだした。
どうやら約束の時が近づいていた。
駄場の別れの二人を除き、全員を二手に分けて、炭焼き窯を挟むように、配置についた。
息をこらして、しばらく潜んでいた。月が雲間から出ると、炭焼き窯の向こうの仲間の目がちらちらと輝くのがみえたという。急に風が吹いて木々が騒がしくなった、その時、ちらちらと松明が、「さぶ」の目に入った。
駄場の別れの所で、止まっている。
狐たちは、別れのところで、誰かが、蜂蜜に気づいていた。「ゴン」は、しばらく考えていたが、皆に「おい、その蜂蜜は、舐めるなよ。「サブ」の考えじゃ。わしらをこっちに誘っとるのじゃ」「あれを見てみい。草陰に、狸の奴らが潜んでおるじゃろが、頭を隠しても、大きな尻尾が見えとらい・・」「みすみすその手には、乗るもんか」「いいか、鎮守への道は、ここだけと違う、真正面からは、まずい、ソウじゃ炭焼き窯からの道があった、あの道の方へ行こう」と、皆を引率した。
「さぶ」は灯りが、こちらに動きだしたのを確かめ、皆に小声で「来なすったぞ」と伝えた。叢から覗く眼光が、一段と殺気だっていったと言います。
で、この続きは、第九話でつぶやくことにいたします。
第七話
前回までのあらすじ
「じゅぽん」という、小狸がつぶやく、一家と「樹囁庵」の物語。
「じゅぽん」は、親父が聞かせてくれた「じっちゃん」の若き日の活躍を、床に入って思い出していた。
後に皆から「明神騒動」といわれる、狐一族との争いである。ボクは、益々興奮して、親父が話してくれた。その時の顔色や話し振りまでも思い出していた。
第七話
「じっちゃん」の呼び名は「サブ」。
「サブ」は、組頭たちを前に、地図を描いた。(ページの地図を参考)
そして、声をひそめて、
「駄場への別れ道(A)に奴らの好物の「蜂蜜」を置くのだ。そして、その道の両脇へ、ススキの穂を、20本ばかり立てておく、いいな、これは、上組の仕事としてもらう」「よっし、分かった」上組の頭は、頷いた。
「そこへ、上組の若いものを二人配置してもらおう」と「サブ」が言うと「えっ」と驚いて「何がなんでも、二人とは、少な過ぎるんじゃないか?その二人、やられてしまうぞ」と訴えた。
「いいや、一人でもいいくらいなんじゃが、伝令の役も必要じゃから、二人にしたんじゃよ。狐一族に、賢い「ゴン」がいる以上、大丈夫じゃ。心配せんでもええわい」自信あり気な「サブ」の顔は、薄笑いを浮かべていた。
続けて、「中組の連中は、昨日までに、小狸連中に遊びながら掘らせていた、炭焼き窯の後ろに穴がある、じゃが所詮、小狸らが堀った穴、お前さんたちで、もっと、広く深く仕上げてくれ」「よっしゃ、分かった。きゃつらがすっぽりと入る大きさよのー」中組の頭はにっこりと笑って「サブ」を見た。「サブ」も笑いながら「そうじゃ、いい勘しとるぞ」と答えた。「それから、その窯の後ろに、ススキの穂を10本くらい立てておいてくれ」「よし、それも分かったぞよ」と言いながら、外で待っていた中組の連中を引き連れて、炭焼き窯へと向かって行った。
「残りの者は、空き缶とタラノ木を持って、わしと一緒に来てくれ」そういうと「サブ」はみんなの先頭に立って、外に出た。明日は、満月、前夜の月も、昼間を思わすような輝きを放っていたそうです。
もうその頃には、狐の一族も、警戒し始めていたそうで、穴掘りは、小狸たちが、遊び半分でやっているという偽装をしていたと聞きました。耳の鋭い狐たちに気付かれないよう、手まねで、てきぱきと指示する「サブ」につられ、皆も無言で、動きまわったようでした。
駄場への別れ道を20メートルくらい入った場所に、綱を張り、空き缶の束を二つその両方の先に、吊るして置いたそうです。
次に、炭焼き窯の跡に行き、先ず、空き缶の束を、窯口から運び入れ、辺りの枯草などで、入り口を塞いでおいたそうです。勿論綱の先は、木陰まで引っ張っていました。次は、タラノ木を束ねたものを、綱でしばり、木の枝に結びつけました。束は五束あったそうです。残りのタラノ木は、上組が掘った穴の中に、投げ込んでおいたそうです。
で、この続きは、第八話でつぶやくことにいたします。
第六話
前回までのあらすじ
「じゅぽん」という、小狸がつぶやく、一家と「樹囁庵」の物語。
「じゅぽん」は、親父が聞かせてくれた「じっちゃん」の若き日の活躍を、床に入って思い出していた。奇しくも同じ時刻、 じっちゃんは、一人残った、「クリノキサコ」で、自分の若い頃の同じ思い出を回想していた。
後に皆から「明神騒動」といわれる、狐一族との争いである。
第六話
ボクは、じっちゃんの若い頃の勇ましい姿を思い浮かべて、「明神騒動」を眠れないまま、ずーと思い出していました。
勿論、親父から聞いた話ですから、多少、割り引いてのことですよ。あの時、この話をしてくれた親父は、酒の所為だけでなく、異常に興奮してましたよ。
色々と持ち寄った材料に手を加えながら、じっちゃん(サブロウ)は、皆に「向こうには、明神の「ゴン」という、頭のいい、キレ者がいてのー、ちょっくら細工しちゃらんと、勝てんぞ」とつぶやいたそうです。
出来上がった材料は、ページの上にあるような、他愛も無いもののようでした。
「サブロウ」こと、じっちゃんは、「明神」の狐の「ゴン」に宛てた一通の手紙を若い者に託しました。
「迷惑を掛けて、こちらが悪かった。御主たちの言うと通りにするから、五日後の満月の夜、鎮守の森に来て貰いたい」と言う内容でした。早速、若者は、「ゴン」に手渡して帰って来ました。
「よーし、じゃ、もう一つ明日は、皆で手分けして、「たらの木」を出来るだけ多く、とってきてくれや」と皆に言いつけたそうです。
ボクには、始めそれをどんなに使うのか、全然分かりませんでした。
翌日の晩、皆が持ち寄った「たらの木」は、予想以上に集まったようで、それを30センチほどの長さに切って、揃えたそうです。たらの木は、刺が沢山幹に付いているので、みんなも、手に傷が沢山できたようです。
それが、百本も出来たと聞いています。
外には、十三夜の月が煌煌と照っていたそうです。「桂」の上、中、下、南の組の者たちと「明神」の代表たちは、今もって、自分たちが作った道具を何にどのように使うのか、さっぱり見当も付かず、「まるで、狐か狸に化かされておるようじゃ」と、自分が狸であるのを、忘れているようなことを言いながら、その夜は、別れて行ったのでした。
翌晩、遅く組の頭だけを巣穴に招き入れて、「サブ」は、作戦を説明したそうです。
「いよいよ明日じゃ、上手く行くかどうかは、賭けのようなものじゃ、でも向こうに「ゴン」が居る限り、作戦は当たるとみる」そんな前置きで、「サブ」は、地面に、棒の先で、鎮守の森とその周辺の地図を書き始めた。
で、この続きは、第七話でつぶやくことにいたします。
第五話
そう言えば、この話をしてくれた親父は、酒の所為だけでなく、異常に興奮してましたよ。
「サブロウ」こと、じっちゃんは、「明神」の長老に頼まれて、「桂ケ森」の連中を引き連れて、狐の一族との、戦いの準備にとりかかる。その夜、主だった面々を集めて、「サブ」は、てきぱきと指示を出した。
「いいか、今度の戦いは、大事なんじゃ。皆もわしの言うことを良く聞いて、準備に掛かってくれよ」面々の顔を一人づつ、口元には笑みをたたえていたが、その眼光には、並々ならぬ威厳が漂っていた。狭い巣穴の中は、面々達の熱気でむせ返っていたのだそうです。
「上組は、すまんが、ススキの穂を出来るだけ多く、取って来てくれんかのー」。
「中組は、人間どもが、投げ捨てていった空き缶を集めてくれよ、そうさなー、百個ばかりも有ればいいかのー」
「そして、下組は、油じゃ。出来れば食用油がいいんじゃがのー」そして最後に「南組は、蜂蜜を少々、用意してくれんかのー」と、それぞれに頼み込んでいったそうです。なにをどう使うというのかは一切言わずに、又面々も詳しく聞こううとはしなかったようです。こうして、面々に指図をしてから、皆にお酒をふるまったそうです。
外は、晩秋の風が、枯れ葉をかさかさと、転がしている音がしていたようです。皆は、ご機嫌になり、しばらくして、指示を確かめあって、帰っていったようでした。
二日後の約束の夜、夫々は言われたとおりの品物を持って「サブロウ」の巣に集まった。
「サブロウ」は、昼間、竹の小枝を沢山取って来ていた、それと、藁を縄にして、一抱えも用意していた。
竹の小枝は、40センチくらいに切り、50本も用意し、先は、2cmくらい枝を残していた。
「いいか、すまんが、その竹を四本づつ一まとめにして、縄を結んでくれや」と指図した。
丁度神社の注連縄のように、竹がぶら下がってつけられて行った。
「おう、出来たのー」「それから、その竹に、空き缶を付けてくれ」
ガランガラン音を立てながら手際よく、取り付けられた。
「次は、ススキじゃ。束ねて、わしらの尻尾の大きさにしてくれ」サブは、次々と命令した。
上組の若い者が「こんなもの作って、なんに使うんで・・・・」と口を挟んだ、「えーい、お前らに説明しとる暇はないんじゃ」「黙って言うた通りにせい」と一喝した。
こうして、訳の分からぬ間に準備は、仕上がったようです。
で、この続きは、第六話でつぶやくことにいたします。
第四話
前回までのあらすじ
「じゅぽん」という、小狸がつぶやく、一家と「樹囁庵」の物語。
じっちゃんは、人間の車に轢かれて、右足に大怪我を負い不自由な生活と年の所為で、次第に体が弱ってきた。親父は、最後の親孝行とばかりに、無理を承知で、じっちゃんとばっちゃんの思い出深い出会いの場所、「クリノキサコ」に案内する。ところが、じっちゃんは、不自由な体で無理をしたので、とうとうその晩は、「桂ケ森」に帰ることすらできなくなった。クリノキサコの「樹囁庵」の近くの小屋の床下で、翌日、みんなの助けを待つために、一晩、そこに泊まることになった。
第四話
じっちゃんは、西に傾く半月を眺め、づっきん、づっきん痛む足をさすりながら、昔の思い出に耽っていたようだ。
じっちゃんの若い頃は、大した暴れん坊だったそうです。「桂ケ森」では、ちょっと名が通っていたようで、「桂のサブ」といえば、周辺の「皿木」「明神」、遠くは、二名の「由良野」まで、その名を知らぬ者は居なかったようでした。
もう随分昔のことですが・・・・。この話は、親父が酒を飲んでご機嫌の夜、ボクに話してくれたことなんです。
じっちゃんがまだ暴れまわっていたころ、ある日「明神」の長老が突然訪ねてきたそうです。
そして、じっちゃんに
「のう、サブロウ。困ったことが起きたんじゃー。助けてくれんかいのー」と、深刻な顔して相談を持ちかけたそうです。その訳というのは、「明神」という地名からして、そこには、「狐」の一群が勢力を持っていて、いつも我々狸の一族といざこざを繰り返していたのでした。
長老は、その四五日前に、小狐が小狸を苛めたので仲間で仕返ししたら、小狐にちょっとした怪我をさせてしまった、親狸が謝りに、手土産持って、出かけたが、どうしても許さんということで、「どうしても許してほしかったら「駄場」から出ていけ」と狐が言うのだと、本当に困った様子だったようです。
「駄場」は、獲物が豊富にあり、「明神」の一番大切な場所なのです。何家族もが巣を作り、平和な毎日を過ごしてる所です。長老の相談
「それは、無茶じゃ。そいで、出ていかんと言えば、どうしょうというんじゃ」サブこと、じっちゃんは長老に尋ねた。
「それがのー、無体な話よ。小狸を一匹づつ、殺すと言うんじゃわい」長老は憔悴しきって首をうなだれた。
「仕方あるまい、向こうが争いを望むのなら、ここは、一ちょやっちゃらんといかんわい」
「そうか!サブもそう思うか。わしも、奴らのいいなりには、なれんと思うとった、そうか、そうか」と長老の顔が急に気色ばんだ。「ほで、サブロウ、助っ人してくれるんじゃろのー」
「分かっとろーが、当たりまえじゃー」と、じっちゃんは、胸を叩いたそうです。
「皿木にも、応援頼もうかいのー」さらに長老は心配してそう言ったといいます。
「なーに、桂の連中と、明神とで、十分よ、任しておけ」と、言うじっちゃんの言葉に安心したように、喜んで長老は帰って行ったようでした。
さて、これからが大変だったようです、サブロウ(じっちゃん)は、仲間を集めて作戦会議。風雲急を告げるとは、こんな時に使う言葉でしたね。
で、この続きは、第五話でつぶやくことにいたします。
第三話
前回までのあらすじ
「じゅぽん」という、「樹囁庵」に、出没してくる、動物一家の末息子。一家五匹の「狸」一家の話、人間の年でいうと12歳くらいの主人公が語る。
おじいちゃんは、人間の車に轢かれて、右足に大怪我を負い不自由な生活と年の所為で、次第に体が弱ってきた。親父は、最後の親孝行とばかりに、無理を承知で、じっちゃとばっちゃんの出会いの思い出深い、「クリノキサコ」に案内する。
そのころ、「クリノキサコ」と言うところに、「樹囁庵」が新築されたのでした。
第三話
じっちゃんは、「あーあ、疲れたワイ。しばらく遠出もしていなかったからのー」「じゃが、今日はここへ来て、本当に良かった」「皆に迷惑かけたものじゃー」と、誰に言うとも無く、喜んでいた。不自由な右足をかばっての獣道の山下りで左足からは、血が滲んでいた。
ばっちゃんとお袋は「だいじょぶかね。元気をお出し。昔のようにしゃんとしなされや」と、血の滲んだ個所へ、薬草を噛み砕いて、貼って上げていました。
「ありがとう、ありがとう」と何度も、じっちゃんは、感謝の言葉を吐息の中で、口にしていました。
「皆、はよ。餌場にお行き。わしは、ここで少し休んでおるけん」とじっちゃんは、皆に、手で追い払う仕草をしていました。
親父は、「分かった、そしたら、行ってくるけん。じっちゃんは、ここを動かれんで」というと、ボクたちを連れて、坂を降り始めました。
じっちゃんの休んでる場所は、「樹囁庵」のすぐ上に、建てられているオレンジ色の小さく可愛い小屋があり、持ち主さんは、随分遠くにお住まいで、最近では、あまり使っていないところの床下でした。
「樹囁庵」の裏庭に着きました。
親父は、いつもするように、顎をしゃくって、ボクたちに餌の在りかを教えてくれました。
妹も喜んで、餌にありつきましたが、お袋とばっちゃんは、怖々と近づくばかりで、すぐには、食べようとしませんでした。
そこには、大きな栗の木が倒されて、転がっていて、それをくりぬいて、餌が置けるようにしていました。
ここの主人の手作りでしょう。そしてその中には、白い御飯と魚の骨などが、沢山載っていました。どうやら、奥さんが、ボクたちのくることを知って、置いていてくれたようです。親父は、二、三日まえから、来ていたのを、みられていたようです。
腹一杯に、久しぶりの人様の残り物にありつけました。
「さあ、もうぼつぼつ帰ろうか」親父は、お腹一杯になって眠そうにしている妹の手を引いて、「樹囁庵」から出て行きました。勿論皆も跡を追ったのでした。
再び、オレンジキャビンまで帰ってみると、じっちゃんは、元の場所でぐったりしていました。
「さあ、じっちゃん、帰ろうか」と親父が言うと、じっちゃんは、「みんなは、帰ってくれ。わしは、今晩は、ここに泊まろうわい」と言い出しました。「いけん。そんな身体で、ここに置いとくことは、できるもんかね」と、お袋と、ばっちゃんは、一も二もなく反対しました。
親父は、しばらく黙って考えこんでいました。この身体で、また険しい山道を「桂ケ森」まで歩いて帰ることは、他の四人も、ひどく危険なことになるだろうということは、明らかでした。
親父は、「よし、分かった。じっちゃんは、ココで今晩はお休み」「そして、明日の晩、若い衆を集めて、迎えに来るけん」「そうしょう、うん、それがええ」と、自分に納得させているようでした。
「なら、わたしも、ここに残らい」と、ばっちゃんが言い出しました。
親父は、「そんなことは、いかん。明日の助っ人が、倍かかってしまうでのー」「ばっちゃんは、今晩の内に、帰らんと・・・・・」後は、「じっちゃん、下手に動くなよ」と念をおしておいて、「さあ、行くぞ」ともうずんずん先を歩いていました。
で、この続きは、第四話でつぶやくことにいたします。
第二話
前回までのあらすじ
「じゅぽん」という、「樹囁庵」に、出没してくる、動物一家の末息子。「狸」であります。人間の年でいうと12歳くらいでしょうか、何事にも好奇心旺盛な小狸です。一家は、五人というか、五匹というのが、正しいのかな?
じっちゃんは、人間の車に轢かれて、右足に大怪我を負い不自由になりました。親父は、そのことに大変な自責の念を感じていました。
それと言うのは、初孫の「じゅぽん」が生まれるので、おじいちゃんは遠出をして、なにか祝いの品を探している時に、事故に遭ったからです。それからのじっちゃんは、食も細り次第に体か衰弱してしまいました。
そのころ、「クリノキサコ」と言うところに、「樹囁庵」が新築されたのでした。
第二話
巣穴のある「桂ケ森」を一家で出発したのは、丁度お日様が西の「鴇田峠」に懸ったころでした。
お袋は、まだ、じっちゃんとばっちゃんをつれて行くことには反対していました。
「遠くまで連れて行っても、たいした物もないのにねー」
「ええけん、黙ってついてこんかい」と、親父は、不機嫌に、お袋に告げるのでした。
後になって、聞いた話なのですが、親父は、もうじっちゃんもそう長くは無いだろう、そして、この間から、じっちゃんは、「無理かもしれんが、死ぬ前にもう一度「クリノキサコ」を何とか、見たいものじゃ」と、もらしていたそうです。
きつい獣道を、足の不自由なじっちゃんは、何度も足を滑らせては、皆を心配させました。
途中、何度もじっちゃんは「わしは、ここで待っとるけん。お前らだけで行ってこいや」と弱音を吐く始末でした。
その度に、親父は、「何を言いよるん。元気だして、ゆっくりでいいんじゃから・・」と、じっちゃんを励ましました。
進んでは休み、しばらく歩いてからまた休みしながら、やっと「クリノキサコ」の「樹囁庵」の灯りが見えてきました。
親父は「じっちゃん、ここがクリノキサコじゃ。よう覚えとろが」とじっちゃんを先頭に立たせて進んでいきました。
じっちゃんは、急に元気がでたように、先へ先へと、小走りに進んで、ばっちゃんを手招きして、傍に呼び寄せて、しばらく黙って見つめあっていました。
そして、二人は「思い出すのー」「そうそう」とニコニコしながら、辺りの景色と、澄んだ空気、風が辺りの木々の小枝を撫でて通り過ぎる音などを楽しんでいました。
お袋には、訳が分からなかったのか、「早よう、行きましょうや」と親父を急かせるのでしたが、「まあ、ええがー、そんなに急ぐこともあるまい」と、じっちゃんとばっちゃんから少し離れて、二人の幸せそうな姿を見つめていました。
二人は、親父の方を振り返り、改まって「ありがとうなー」「すまんかったなー」と頭を深々と下げて言うのでした。
今まで見た事も無いその姿にボクは驚いたものです。
そして、ボクは、その時、じっちゃんの目に、きらりと月の光に反射した光るものをみました。
それから「樹囁庵」に親父が連れて行ってくれました。
で、この続きは、第三話でつぶやくことにいたします。
